将来の私たちの食卓に昆虫が並ぶかもしない
都会の一部のレストランのメニューにのるほど、ブームなっている昆虫食ですが、その現状と将来を見てみましょう。
食糧問題と昆虫食
2050年、世界の人口は90億数千人になると推計されています。
そういう未来が来ることを考えると、予想されるのは「食糧問題」です。
2013年、国際連合食糧農業機関 (FAO) は、食糧や飼料としての昆虫の利用が、食糧問題の解決の一つの可能性となることを報告しました。
2010 年に出た資料には、食用昆虫のある種の栄養的価値が記載されています。
さらに、EU(ヨーロッパ28カ国加盟の連合)では、2018年1月1日からヨーロッパで昆虫食を含んだ「ノベルフードに関する規制」が施行されていくことになりました。
ヨーロッパでは、食糧に関しては、「ポジティブリスト」制が定められています。1997年までに人々に食べられていて、その歴史を認められている主な食材がリストに記載されています。
1997年以後の新しい食品については「ノベルフード」という正式な申請・認可を受けてヨーロッパ各国での販売が可能となります。
これまでのヨーロッパには、昆虫食の流通を認可する規制がありませんでした。
昆虫食がノベルフードの申請がされ、ベルギーやスイス・フランスなどの企業等から積極的な参加により徐々に認可される国が増えています。
アフリカ、アジア、ラテンアメリカなどの発展途上国では、牛肉、豚肉、魚、鶏肉などのたんぱく質源としての食材が十分に調達できないために、昆虫は通常の食生活の一部となっています。
ただ、先進国では、郷土食としての位置づけ以外では、心理的な障壁は大きく、受け入れることは難しい状態でした。
それが、将来の食糧危機を乗り越えるには、昆虫食を積極的に取り入れ生き延びるのに必要な栄養源を確保する事を、国連が勧めて勢いがつきました。
さらには、栄養問題、環境問題などの解決にもつながるのではないかと一部の人たちからは支持されています。
昆虫が食材として期待される理由
昆虫を食事として肯定的に捉える人たちの主張は以下のようです。
1.栄養価が高い。
多くの昆虫成分は、文献などから、栄養学的にみて、十分なエネルギー、たんぱく質、アミノ酸があり、低脂肪でCu、 Fe、Mg、Mn、P、Se、Znなどのミネラルなどの微量栄養素が豊富である。
2.飼料効率が高い。
コオロギの肉を1kg増やすために必要な飼料は豚肉と比較して1/4、牛肉と比較して1/12と少ないことが発表されています。昆虫は圧倒的に飼料コストがよいといわれています。また、牛や豚の可食部(食べられる部分)は40%とされていますが、コオロギは100%と、その全てを食べることができます。
3.飼育が簡単。
養殖に必要な水や土地も少なくて済みます。自宅の部屋の中で飼育することも可能になります。家畜の糞を餌として育てられる種類などもいます。
4.環境に優しい – – – – – 持続可能な食糧。
昆虫は養殖時にメタンガスや二酸化炭素などの温室効果ガスをほとんど出さないので環境に優しく、持続可能な食糧となる可能性が高いと言われています。
5.衛生的な調理方法で食する。
昆虫食は生で食べることはほとんどなく、加熱をして食べるので食中毒の危険性が少ない。
6.美味である。
イナゴやざざむし(トビゲラ・カワゲラ)は佃煮で、蜘蛛はチョコーレートの味、蟻はデザートに美味しく食べられるとか。
まとめると、
[昆虫が食材として期待される理由]には、
1.栄養価が高い。
2.飼料効率が高い。
3.飼育が簡単。
4.環境に優しい – – – – – 持続可能な食糧。
5.衛生的な調理方法で食する。
6.美味である。
ということになります。
しかし、これらに対して、違う見方もできます。
一つ々について、見てゆきましょう。
食材として昆虫食に対しての疑問点
1.栄養価の根拠が不明。
2.飼料効率を家畜と比較することは不自然
3.飼育が簡単であるとは言っても容易ではない。
4.「持続可能で環境に優しい」という意見に関しては、
1)自然の生態系を攪乱する可能性も出てくる。
2)育てるための餌となる生物を養殖したり、穀類を育てる必要がある。
3)技術革新による既存の食材の開発に期待。
4)広域的に販売する場合の問題。
5)人の生産活動から出される二酸化炭素の方が圧倒的に多い。
6)世界的な食糧難を克服するためには、国際的な商取引が必要になる。
7)海洋資源などの無駄を考える。
5.衛生的な調理法で食するというの簡単ではない。
6.美味であるとはいうが、持続的な食事として受け入れられるのか。
具体的に見てゆきましょう。
1.栄養価が高い。
昆虫の栄養価に対しては、提示されているように「タンパク質が豊富で、他の栄養成分も良好である」というのは、調べた限り、公平で科学的な分析によるのかどうかはわかりません。根拠が不明です。
しかも、昆虫といっても種類も多く、その生育過程によっても違いがあることを考えると、総じて栄養価が高いという主張には疑問を感じます。
日本食品標準成分表にはイナゴ煮、蜂の子缶詰については、栄養価の記載がありますが、その他のものは、記載がありません。
人間の食品成分表と比較掲載しているものが多々ありますが、どのような状態で調べられたのかがはっきりせず、かなり大雑把すぎるように思えます。
2.飼料効率がよい。
確かに、飼料効率はよいとはいえるでしょうが、食糧危機が回避できるのなら、食べ慣れている家畜を食べる方が、栄養学的・衛生学的にもよいのであって、そもそも、牛・豚などと比較することが不自然であり、意味があるとは思えません。
3.飼育が簡単である。
この飼育という部分に関しても、家畜や家禽と同じ線上で考える必要はないと思います。
飼育に必要な面積も家畜に比べると狭くて大丈夫、自宅の部屋でも・・・。ただ、密集した状態で飼育すると好ましくない結果もあるということはわかっています。
狭い日本家屋の中では、臭いなど現実的には飼育できないでしょう。
さらに言えば、飼育する際の環境によって、昆虫によっては飼育が不可能な場合も出てくるはずです。
4.持続可能で環境にやさしい。
持続可能で環境に優しいというのは、昆虫食を支持する人たちの中でも環境保護を求める人が多いのも特徴です。
二酸化炭素の排出量だけを見て、持続可能なというのは乱暴な意見です。ここには、いろいろな問題が横たわっています。
1)昆虫食が持続可能な食糧源だという意見に関しては、野生の昆虫を捕獲することになり、乱獲につながる恐れが出てきます。そのために、自然の生態系を攪乱する可能性も出てきます。自然の生態系を撹乱することは、巡り回って人間への影響も出てきそうです。
2)また、食用の昆虫を養殖するとしても、養殖される昆虫には、育てるための餌が必要なわけで、餌となる生物や穀類も養殖しなければなりません。
こうした昆虫の餌は大半が栽培された穀物なので、昆虫を大量生産すれば餌である穀物も大量に必要となり、従来のタンパク源よりも持続可能性が高いとは言えなくなる可能性もでてきます。
3)技術革新による既存の食材の開発
岡山理科大学の山本俊政准教授が独自開発した「好適環境水」を用いた完全閉鎖循環式魚類養殖技術が世界的に注目されています。海の中での魚の養殖が、海から遠く離れた山の上でもできる技術です。
これにより、海の中で、ほぼ自然的に養殖するしかできなかった魚が、牛や豚などのように淡水の管理された環境で、魚を安全に計画的に飼育することができるようになりました。
また、魚類の大型化が実現されつつあります。
収量の増加によって、安定した食糧生産の可能性も高まってきました。
昆虫食を安易に導入する前に、今まで培ってきた畜肉・魚介類の養殖の技術をより向上させることにより、食べ慣れた食材から食糧難を乗り切ることはできないのでしょうか。
4)養殖した昆虫を消費者向けに販売するとなれば、その地域だけの消費では食糧問題は解決しません。
そうなれば、保存性を高めるための加工や、消費者の好みに合わせる手間が必要になります。当然、食品添加物の使用も増えてきます。
商業ベースに乗せるための大規模な生産を行うためには、かなりのエネルギーを消費することになります。製造・加工の工程には、環境保全のために負担すべきコストが伴なうものです。予見できない環境コストが発生する可能性も出てきそうです。
5)家畜が出す二酸化炭素などの問題よりも工業生産など、人の生産活動から出されるものの方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
そういう部分を改善する努力の方が、環境負荷の軽減が大きく、昆虫食への移行よりも優先的な事項だと思います。
6)世界的な食糧難を克服するためには、国際的な商取引が必要になってきます。
そのためには、法整備が必要です。
日本は、EUや米国、カナダなどと有機農産物や有機農産加工食品の格付制度の同等性を認めています。
しかし昆虫食はJASの規格外であるため、このようなことができません。もし昆虫食を同様のものとするならば、JAS規格に入れる法整備が必要になってきます。
7)海洋資源などの無駄を考える
小さいとき、西洋人がが犬を飼うのは、防犯や狩りの手伝いのほかに、非常時には食糧にするためだが、日本人は、馬などの家畜と一緒の屋根の下で暮らし労働力としか使わず、犬はただかわいがるだけでしか飼わない、という話を聞きました。
動物を飼育することに対しての歴史的、文化的な背景は国や地域によって異なるという一例だと思います。
捕鯨の禁止が続く状態ですが、実際にどれだけの鯨が生息しているかの調査はそれほど進んでいないようです。
鯨が一日に食べる魚やプランクトンの量はすさまじいものです。
鯨は頭がよいから食べてはいけないとか、かわいそうだというのは根拠のない感情論です。それならば、犬や猫、猿を食べるのはかわいそうではないのでしょうか。
それぞれの国での食文化を尊重しないで、一方的な感情論で食材の無駄を認容するのは、自らの食糧難を見逃すことになります。
以上が、よく言われる「昆虫食が持続可能な食料源として有効だ」という意見に対しての一つの考えです。
5.衛生的な調理法で食する。
食の安全は、日本では、食品の生産から口元に入るまでは、食品衛生法によって規制されます。
食品衛生法に規定されるには、相当の項目について、非常に多くの昆虫に対しての科学的に根拠のある安全性(事実や実験による検証)が必要になります。
生での摂食の禁止、昆虫の種類・分量による加熱調理の標準化等の基準も必要に思われます。
昆虫食が導入されることになっても、これらを、短期間で定めることは不可能でしょう。
6.美味である。
これは個人の主観の問題なので、意見を言う気持ちはありませんが、人間は食べ物の味覚や嗜好に関しては保守的な動物です。だからこそ、種族を絶やさないでこれました。
好き嫌いの大部分は幼い頃の食体験だと言われています。さらに、成長期にも継続的に食べることができれば、その食べ物に嫌悪感を持ちません。
食体験が良好であり、その後もその食品を食べる機会が多ければ受け入れることもできますし、美味しいと感じることもできます。
確かに、日本でも長野県や群馬県など地方の一部では昆虫食の郷土料理は残っています。ただ、それは戦争中などの非常時での栄養補給などでの工夫による経験で得たもので、その経験によりその昆虫を受け入れることができるようになったからといって、毎日それを食べることができることとは別問題でしょう。個人の感受性の問題だと理解しています。
「面白い」、「インパクトがあって楽しい」、「チャレンジ」などという、エンターテイメント性だけでの摂食では長続きは期待できないでしょう。
以上の1.~6.までの項目以外にも気になっていることは、
・現在の飽食の日本で本当に受け入れられるのか
・捕獲の場合の農薬の影響
・昆虫が本来持っている毒成分の解明
・アレルギー問題に代表される昆虫自体に含まれる体物質や分泌物質が生体に与える影響の解明と対策
・調理方法の標準化
・毒キノコの摂食などにみられる素人判断によって起こる誤食などの防止指針
等、いろいろな問題の解決が必要だと感じます。
現実的な食行動の変容が可能であるかは、以上のような項目を達成できるかにかかっているように思われます。
まだ解明されていないことが多い中、先走った食行動による健康被害には気をつけるべきです。
近年話題になっている昆虫食の現状と導入する際に考えるべき事項について述べてきました。
決して否定的な見方や意見ではなく、より深く、その利点(有用性)と欠点(安全性)を考える必要があると思います。
個人的には、菜食主義、さらに肉食に厳しいヴィーガンや、食事に宗教観や哲学的な思想を持つマクロビオティック実践者の方々がどのように、昆虫食を受け入れるのかには興味があります。
タイトルの「将来の私たちの食卓に昆虫が並ぶかもしない」という現実が、そう遅くない将来やってくる予感がします。
新しい技術を受け入れるのと同様に、保守的で世界的な現実を受け入れる勇気を持つこと、食糧危機を回避するためには、新しい食材料を受け入れ、楽しむ努力も必要になってくるのかもしれませんね。
ただ、先進国では歴史が浅い昆虫食ですから、これからいろいろな情報が集められ、整理され、検証され、食の安全性が担保された上で、科学的で安心な一つの選択肢になって欲しいと思います。
《参考文献》
・Edible insects, Future prospects for food and feed security, FAO
・広がるか昆虫食=栄養たっぷり「スーパーフード」-欧州、JIJI.COM、2018/06/16
・昆虫料理研究家が語る、昆虫先進国の日本で「昆虫食」が廃れた理由、内山昭一、インタビュー
・新ビジュアル食品成分表、大修館書店
・実は持続不可能?「昆虫食」の本当の可能性とは、Eustacia Huen、ライフスタイル 2017/05/09
・欧州委員会(EC)、新食品(novel food)に係る新しい規則に係るQ&A形式のECファクトシートを公表、食品安全委員会、食品安全総合情報システム、2015/11/18
・海を知らない海水魚を養殖する、2017.10.27、https://wired.jp/waia/2017/27_toshimasa-yamamoto/「農漁」が世界の食を変える
・わが国における海産魚類養殖の現状とクロマグロの完全養殖、熊井秀水、近畿大学水産研究所
・魚類養殖魚業の経済的研究、古林栄一、京都大学
・日本人の食事摂取基準、2015年版、第一出版(株)
・新ビジュアル 食品成分表(七訂)、(株)大修館書店